磁気の波と超伝導回路をつなぐ 量子技術へ、信号の向きを制御する実験
ニュースの要点
米研究チームが、磁性体を伝わるスピン波と超伝導回路を結び付けました。低温で使う基板を工夫し、磁場の向きによって信号の伝わりやすい方向が変わる装置を示しています。

米アルゴンヌ国立研究所とイリノイ大学アーバナ・シャンペーン校などの研究チームは、磁性体を伝わる「スピン波」と超伝導回路を強く結び付ける装置を実証しました。イリノイ大学が10月12日に研究を紹介しました。成果の論文は、9月10日付のPhysical Review Lettersに掲載されています。
スピン波は、物質の中の磁気の向きが連動して揺れ、その揺れが伝わる現象です。チームは、磁気の揺れを保ちやすいイットリウム鉄ガーネット(YIG)の薄膜と、マイクロ波の信号をやり取りする超伝導共振器を組み合わせました。薄膜を進むスピン波と回路内のマイクロ波が互いに影響し合う仕組みです。
装置づくりでは、薄膜を支える基板の材料を変えました。従来よく使われるGGGという基板は、極低温でマイクロ波を強く吸収し、信号の損失につながります。今回はYSGGという別の材料を使い、極低温で磁性薄膜と超伝導回路を組み合わせられるようにしました。
著者らの公開原稿では、磁場の向きを調整した装置で、信号を送る方向によって伝わりやすさが変わる様子も報告しています。結び付いた状態の信号ピークでは、両方向の伝達に4デシベルの差がありました。磁場を逆にすると、伝わりやすい方向も逆になりました。
研究チームは、こうした方向の違いを生かし、戻ってくる信号を抑える部品をチップ上に組み込む可能性を挙げています。磁性材料の性質と超伝導回路の技術をつなぎ、量子情報を扱う装置に新しい働きを加えるための基礎実験です。
このニュースをやさしく解説
要点
磁性体の中を進む波と、超伝導回路の信号を組み合わせる研究です。低温で信号を保ちやすい材料を選び、磁場の向きによって信号の伝わりやすい方向を変えました。量子装置に使う小さな部品への応用を目指しています。
磁気の波と回路を結ぶ
磁性体の中では、磁気の向きが連動して揺れ、その揺れが波として伝わります。これがスピン波です。今回の研究では、この波が進む薄膜を、マイクロ波の信号を扱う超伝導回路と組み合わせました。
薄膜の波と回路の信号は、互いに影響を与えます。研究チームは、その結び付きの強さが、それぞれの信号が失われる速さを上回る状態を確認しました。異なる材料で扱う信号を一緒に利用するための実験です。
低温で信号を保つ材料
磁気の波を伝える薄膜には、それを支える土台が必要です。この土台を基板と呼びます。一般的な基板に使われる成分の中には、極低温でマイクロ波を吸収するものがあり、信号のエネルギーが失われる原因になります。
研究チームは、その吸収を抑えられる材料の基板へ変更しました。薄膜を支える材料まで選び直すことで、極低温で使う超伝導回路と、磁気の波を保ちやすい薄膜を組み合わせられるようにしたのです。
伝わりやすい向きを変える
装置の一方から信号を送る場合と、反対側から送る場合では、信号の伝わりやすさが異なりました。著者らの公開原稿では、結び付いた信号のピークで両方向に4デシベルの差があり、磁場を逆にすると、伝わりやすい方向も逆になったと報告しています。
信号の向きによって通りやすさを変えられれば、送りたい信号を通し、戻ってくる信号を弱める部品へ応用できます。研究チームは、その働きをチップに組み込む可能性を挙げています。
量子装置を組み立てるための研究
今回扱ったのは、極低温で動かす磁性薄膜と超伝導回路です。論文では、量子情報を扱う基本単位である量子ビットと結び付ける将来の研究も提案しています。材料の性質を生かし、情報を扱う部品と信号を送る部品をつなぐための研究が進んでいます。
この記事に出てくる用語を確認する
- スピン波
- 物質の中の磁気の向きが連動して揺れ、その揺れが波として伝わる現象です。
- 超伝導共振器
- 超伝導を使い、特定のマイクロ波の信号を扱う回路です。この研究では磁性薄膜を伝わるスピン波と組み合わせています。
- 基板
- 薄膜や回路を支える土台です。今回の実験では、極低温でのマイクロ波の吸収を抑えるために材料を変更しました。
本誌の考察
小さな接続部品から、材料を探す道具へ
本誌では、薄膜を支える材料の変更が、量子装置の組み立て方を広げる点に注目します。磁気の波を保ちやすい材料と、低温で働く超伝導回路を一緒に使うには、両方に合う土台が必要です。その組み合わせが整えば、磁性体の性質を使って、回路を行き来する信号の向きにも手を加えられます。
研究チームが挙げる応用の一つは、戻り信号を抑える部品をチップ上につくることです。信号の損失をさらに抑え、必要な向きの信号を十分に選べる部品へ育てられれば、量子ビットの近くにその働きを組み込めるかもしれません。情報を扱う回路と、その回路へ信号を渡す部品を、ひとまとまりに設計する余地が生まれます。
ここからは、そんな部品が使いやすくなった先を想像してみます。動作を確かめた部品を組み合わせて装置をつくれるようになれば、研究者は信号の接続を毎回つくり直す手間を減らし、新しい計算や計測を試す時間を増やせそうです。磁性材料が得意な研究室と、超伝導回路が得意な研究室が、それぞれの部品を持ち寄る開発も考えられます。
その先で、量子装置による材料の性質の計算が進み、ネットを通じて必要なときに借りられるようになれば、地域の小さな工房にも研究の道具が届くかもしれません。例えば、雨の多い土地の衣料店が研究者と組み、蒸れにくさと水のはじきやすさを両立する布の材料を探します。計算で候補を絞り、実際に布をつくって確かめる作業を重ねる未来です。
そうなれば、客は店で服の色や形に加え、「通勤では蒸れにくく、週末の雨にも強い」と使い方を伝えられるでしょう。店はその希望を研究者へ渡し、次の試作品へ反映します。量子装置の中の小さな接続部品を改良する仕事が、暮らしの細かな希望に合う材料を探す人たちを、少しずつ増やしていくのかもしれません。
参考資料
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